お金がなくても愛があれば…?
これは昔からのテーマだと思うのだが、お金が無くても、愛があればなんとかやっていける、という話しである。
ものすごく貧乏になるとわかっていても、好きな人と一緒にいたいという気持ちはよくわかる。
私も、ポイント無し無料出会い系サイト口コミ情報を見たり浮気をしない限りは一緒にいたいと思う。
しかし、考えてみればそれでは生活していけないのだから、やっぱり無理な話だ。
もし出会った人がお金をもうけられない人で、自分もそうならば、生活保護を申請するしかない。
大学生の頃よく話し合ったことだが、やはり、結論は最低限の生活費があれば、という話だった。
あの頃はみんな健康だったし、働けなくなるなんてことは考えていなかった、と言うよりも働くということに多少なりとも希望をもっていたのだ。自分のお金で自分の好きなものが買えるようになるという身分になることに憧れていた。
しかし、今になってみれば、やはりお金を儲けられる人がいい旦那になるという確信のもと、出会いを探している。
理想は私が主婦になっても逆援交できる余裕もあるぐらい経済力のある人。
女性だって今は働く時代なのだから結婚のカタチというものも変わってきている。
女性が働き、男性が主夫をやる、というのもアリの時代なのだ。共働きならば、それはよい収入をもたらすだろう。
そう考えるとやはり結婚しても働かなくてはいけない、というか働いていたいという気持ちもある。
お金が無くても愛があればという気持ちは確かにあるが、私としてはお金があって愛のある人生を、ということになる。
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2011年7月21日 | コメント/トラックバック(0) |
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つよがり
貴方と出会ってから10年。その内8年が、貴方を想った時間。
セフレ募集サイトでの出会いから彼女に昇格できて幸せだった。
そしてようやく、貴方と肩を並べて歩けたのに、どうして貴方は先に走って行ってしまったのだろう。
貴方はいつもそうだよね。いつも私の一歩前をあるいて、私は急いで貴方の後を追いかける。
今時、そんな古臭い恋愛なんて、してる人はきっと私ぐらいなんじゃないかな?
貴方の歩幅は大きくて、私の歩幅には合わせてくれなくて、それでも私は、大好きだったよ。
出会い系掲示板で遊んでるのも知ってたけど、結局一番大事にしてくれてたから平気だった。
やっと貴方に追いついた時は、本当に幸せでした。貴方と一緒にいれた時間は、本当に短かったけれど、私の心の宝物になりました。
ずっと傍にいたかったけれど、その短かった時間があるから、私は今でも生きていられます。
今、私には、大切な人ができました。貴方よりの人なんて、居ないと思っていたけれど、ごめんね。
でももう大丈夫なの。貴方を忘れたわけじゃないし、貴方を忘れたいわけじゃない。
貴方のことも、大事にしてくれる、こんな私でも『いいよ』と言ってくれる、そんな素敵な人が現れたのです。
出会いは、貴方のお墓の前だった。不思議でしょ?貴方が巡り合わせてくれたのかな?って思ったよ。
いつも私の事、心配してくれる貴方の気持ち、大好きです。新しい人生、私は歩みます。見ていてください。
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2011年7月8日 | コメント/トラックバック(0) |
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他人の幸せ
最近迷惑メールが多い。
どうやらとあるSNSに登録していることから悪用されたらしいが。
そんな迷惑メールの内容もさまざまで出会い系だけではなくお金儲けの話や懸賞、誰かからのメール返信かわからなくなるような「Re:」で題名が付いてくるもの。
脅し文句や銀行に振込み準備が出来たとか仕舞いには正直に出会い系サイトだと言ってくるものまで。
なんにせよメールは開かないのだけど、忙しい時やうっかりしたときに開いてしまうとその量は半端なく送られてくる。
開いたメールには本文はなかったが。開いた後のメール数は半端ない。いったいどうなっているのやら。
普通はそういうメールにはアドレスを変えて対応するのだろうけれど友達はその出会い系をご近所出会いを求めてわざわざやっていたりする。
話を聞いているとやめたほうがいいと思えるのに、本人が信じているものだからいいところを話す。
悪い所は見え隠れするだけで「絶対悪い」とは言い切れない。
いい大人だし、恋愛経験もないわけではないしと黙っていた。いつのまにか彼氏が出来る。
一年たった今は結婚することになっているようだ。すごく親しいというわけではなく年に何回かしか会わないから突然のように思えるが半年ほど付き合ってからのことだったもよう。
出会い系サイトでの出会いでは無いと思うが、素直におめでとうと言いにくい。
彼氏ができる直前なんかは、SNS一覧を見て複数のサイトに登録していた。
それでも、幸せならいいと思うが一緒に住み始めたとたんに譲れない部分が露見して、それを治すつもりはないと言ったという。
明らかに生活するうえで一般常識に欠けることなのに。「慣れろ」とは。
それは生活騒音で家庭を持つものとしてなおさなければいけないところだと思うのに、そう彼女は言っているのに「慣れろ」。
近所迷惑な騒音に対してその人は言えるのだろうか?精神障害を起こすような騒音を。
少し気を使えば治るものなのに。いつかわかってくれる日が来るといいとは思うけど、それが彼女の注意で気をつけてくれるような人なら安心して任せられるのに。
幸せになって欲しいと思うけれど、余計なおせっかいは出来ない。そんな関係ではないから。
なかなか人付き合いとは難しいものだ。特に恋愛にかかわるものは。
今は誰の忠告も聞けないだろうし、余計にかかわってきちんとした判断を誤らせることもあるだろう。
きっといろいろ考えて、それでも迷っている所もあるだろう。それなのに話はどんどん進んで行く、ナイーブにもなっているだろうから。
今は黙って見守るしかない。だが、もっといい人と出会えるのではないのだろうかと忠告したくてうずうずしている。
もうあと何日も無いのだけれど。このまま黙っていることにはなるだろうけれど、言えばよかったと思わせないでくれと願うばかり。
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2011年7月8日 | コメント/トラックバック(0) |
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